『源氏烏帽子折』第二段

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源氏烏帽子折

 第二段

 
平清盛公の屋敷には、一門の者が顔を揃えておりました。
清盛の怒りは強く、「幼少の子を連れて、まだそんなに遠くへは、逃げていないはずだ。草の根を分けてでも探し出せ」と、部下に命じ、「あやしい者がいたら、必ず捕まえるように」と、村や町の隅々にまでお触れを出すと、さらに三百余りの追手を方々へ差し向けることにしました。
 
 その頃、常盤親子は、行くあてがなく思案にくれていました。
雪は降り続き、足は冷たくなっています。
ふと、竹林から伸びた細い道の奥に、小さな明かりが灯る家が見えました。常盤は、その明かりを頼りに家に辿り着くと、「大雪に迷いました。幼い子連れですので、何とか一晩だけ、泊めていただけないでしょうか」と言いました。
奥から、若い女性が、ろうそくを掲げて出てきました。親子をよくよく眺めたあと、
「お泊めしたいのは、やまやまですが、平家方からの命令で、あやしい者をみつけたら通報せよといわれております。
私は、名を白妙といい、源氏に代々仕えております藤九郎盛長の妹です。今は縁があり、平家方の、弥平兵衛宗清の妻となりました。間もなく、夫が帰ってきます。そうなると、つらい思いをすることになります。どうか、今のうちに逃げて下さい」と告げると、ろうそくを吹き消し家の中へと戻っていきました。
 
「今夜はここで夜を明かすことにしましょう」と、風があたらない軒の陰で常盤御前は小袖を脱ぐと雪の上に敷いて寝床にし、風除けに笠を並べました。
雪はますます激しくなり、肌を刺す風はまるで冷たい刀をあてられたように感じます。
疲れ果てた常盤御前は、悪寒に体中が苦しめられ気を失いかけていました。
驚いた今若と乙丸は着ていた小袖を脱いで母の身体に掛けました。すると「風邪をひいてはいけません」と母が着物を着せるとまた、兄弟はそれを脱いで、母に着せるのでした。
「母上、私たちは、寒くありません。侍たるもの、どんな雪の時にも戦に出る覚悟をしております。いいか乙丸、寒いと言ってはならぬぞ」「はい、兄上、寒いと言ってはなりません」二人の声で牛若が目を覚まし、見よう見まねで着物を脱いで母に衣を着せました。震えながら歯を食いしばり、拳を握りしめています。
「お母さんは、何も着なくても、あなたたちの志が温かく感じられます。さぁ、こちらへいらっしゃい」
そう言って母は三人を抱き寄せて泣きました。

ちょうどその頃、家主の弥平兵衛宗清が帰ってきました。
「おやおや、怪しい人影」と、笠をとって目をこらしました。常盤親子に間違いありません。
そっと様子を伺っていると母が子を想い、子が母を気づかうやり取りが聞こえてきました。
「かわいそうに。何とか、助けてあげたいが見逃せば、主君清盛公を裏切ることになる」
宗清は、気づかない振りをして家の中へと入っていきました。
妻の白妙は暖めた酒で、宗清を出迎えました。
しばらくして白妙が、「もし、いまここに源氏方ゆかりの方が現れたとしたらどうしますか」と、それとなく探りを入れてきました。
宗清は、(さては、女房も気づいていたか)と思いつつ、「言うまでもない。清盛公の命令なのだから、見つけたならすぐに捕まえて引っ立てていく。
まあ怪しい者を見つけたり、聞いたりしなければ良いわけだが」と答えましたが、家の軒下にいる親子の声が、漏れて聞こえて来たので白妙ははっとした顔になり、宗清も気が付いて「小鳥どもが、うるさい。あれを追い払え」と言いました。
「小さな雀が、羽を痛めて雪で折れた篠竹の笹の下で一夜だけ過ごしているのです。気になさらず、どうかもうおやすみになって下さい」と、白妙は言いますが、
宗清は、「いやいや、すぐに追い払え」と言って聞きません。
「巣がここにあるのですから、追い払っても逃げては行かないでしょう」と、白妙も、納得しません。
すると宗清は怒って「わからずやめ」と、弓矢をもって駆け出しました。
白妙は必死で引き止めましたが、
それを振り払い矢を四、五本空に向けて放ちました。
その音に常盤は驚き、三人の子供を連れて慌てて逃げて行きました。
宗清は、去って行く親子の後ろ姿を見届けて、「あれを見ろ、雀どもが逃げていく」と安心したように言いました。
その様子を見て白妙は宗清が、親子を見逃してくれたのだと気づき「若君たちも、常盤様も、この恩を忘れることはないでしょう」と言いました。
すると、宗清は、「おいおい、何を言っておる。あれは、雀、雀だ」と、念を押しました。