『源氏烏帽子折』第三段

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源氏烏帽子折

 第三段

いつしか十数年の年月が流れ、平家は益々繁栄を極め清盛は、太政大臣を経て
仏道に入り修行の日々を送る毎日。そして一族はみな立派な官職についていました。
そこで、清盛は京三条烏丸の烏帽子屋を営む五郎太夫に、それぞれの位を示す烏帽子や冠を作らせることにしました。
出来上がったものを五郎太夫が届けると、清盛はこう言いました。
「義朝の長男、今若が密かに元服し右兵衛佐頼朝と名乗って、平家追討の準備を進めているという噂を耳にした。
弟の牛若も鞍馬の山で修行を終え、今は都の近辺に潜み討伐を企てているらしいのだ。
それが本当ならば、頼朝も牛若も法皇より密かに位を頂き当然、烏帽子が必要となるだろう。もし、見慣れぬ者がお前のところに烏帽子を買いに来たらすぐに知らせるのだぞ」長田忠致も、「五郎太夫、油断するなよ。二人を探し出せば、十分な褒美を手にすることができるぞ」と言い
五郎太夫も願ってもないチャンスだと「油断など致しません」と、いそいそと家に帰って行きました。
五郎太夫には娘がひとりおりました。名を東雲といい、十五歳になります。
町娘にしておくのが惜しいとの評判で、親の厚い愛情に包まれて大切に育てられていました。
 
牛若は、十六歳になっておりました。
「元服して、一人前の姿になって奥州へ向かおう」と思いたち、
童姿のままでは平家に捕らえられてしまうと考え、烏帽子を買いに五郎太夫の店に立ち寄りました。
「烏帽子を買いたいのですが」
東雲は、器量も良く身なりも立派な姿を一目見て牛若に恋心をいだきました。
どきどきする心を押さえ赤くなる頰を袖でかくしました。牛若には、その様子が可愛らしく映り、「薄く透けた頂部分が吹きおられた烏帽子を探しています」と、東雲の手を取りました。
丁度そこへ、五郎太夫が帰って来ました。五郎太夫は、若い男を一目見て、牛若と気づきました。
ニッコリと笑みを浮かべ「ほほう。そのお若い方は、烏帽子をお探しですか。
さてさてお好みはございますか」と尋ねました。
牛若は、「はい、表面の凹凸の大きな、頂部分を左に折ったものが良いのですが」と答えました。
五郎太夫は(牛若丸に間違いない)と、心の中で喜びながら、「わかりました。出来合いのものがございませんから、今夜のうちに仕立てましょう。
今夜はここにお泊まり下さい」と、言いました。
しかし「いや、明日また参ります」と、牛若が店を出て行こうとすると、「父もそのように申しております。元服のお祝いもさせて頂きたいので、ぜひ、今夜はここに」
と、東雲が袂をつかんで止めたので、牛若はここで烏帽子の仕上がりを待つことにしました。
五郎太夫は、「東雲、今年最初のお客様だ。十分にもてなして差し上げなさい」と、
口ではいいながら、(牛若を捕まえて、大判小判の褒美をいただくぞ)と、
長田忠致のもとへと急いで出掛けていきました。

その日、牛若と東雲は、夫婦となる約束をしました。夜更けにようやく左折り烏帽子が仕上がると東雲は、
「この部屋でお祝いをしましょう」と、徳利に盃を添えて並べました。
牛若は、それを見て「なんと嬉しい心遣い。実は私は、義朝の子、牛若丸なのです。
いつか、平家を滅ぼし、源氏の世になったら、必ずこのご恩をお返しします。世が世なら、日本全国諸大名に、私の烏帽子始を祝ってもらうべきものなのに残念です」と、涙を流しました。東雲も一緒に泣きました。
牛若は、太刀と刀を床の柱に立てると八幡宮の祭神に見立てました。自ら、烏帽子を手に取り頭に載せると、太刀と刀の前で、それぞれ三三九度を繰り返し元服の儀式を行いました。
「今日からは、九郎冠者源義経と名乗ることにしよう。源氏の御代がいつまでも栄えるように」
こうして、たったひとりで祝っている姿を東雲は、可哀想に思いました。
そして、奥の部屋へ行き、たくさんの烏帽子掛けに烏帽子を被せ様々な装束を打ちかけたものを牛若の前に並べました。
まるで、たくさんの人が牛若の元服のお祝いに駆けつけたような賑わいです。
「おめでとうございます。関東八州の諸大名が、家来を引き連れてお祝いに来ております。
源氏一門が繁栄するしるしでございます。どうぞ、お酒を」と、東雲は祝いました。
 
さて、五郎太夫から、報告を受けた長田忠致は、牛若を討取ってやろうと烏帽子屋までやって来ました。
すると障子の隙間から、数十人もの大男がいるのが見えました。
長田は、恐ろしくなり足腰がわなわなと震え怖気づいておりました。
五郎太夫は、「長田殿、どうしたのです。さぁ、踏み込んで牛若を討ってください」と言うと、
「あれを見ろ。大勢の軍勢が並んでいる。とてもひとりでは、太刀打ちできない」と言うので、
っと覗き込んだ五郎太夫も、たいそう驚きました。
二人は、慌てふためきウロウロするばかりです。
その時、さっそうと二人の前に現れたのが金王丸です。
長田忠致は驚き、とっさに地面にうつぶして「助けてくれ」と叫びました。
すると、そこへ牛若と東雲が障子を開けて出てきました。
五郎太夫は大声で「助けて下さい」と、震えながらいいました。
金王丸は、そんな五郎太夫の腰骨あたりを踏みつけながら、「おまえを許すわけにはいかないが、この娘に免じて命だけは助けてやろう」といい、さらに力を込め踏みつけたので、五郎太夫はたまらず、膝を地面に擦りながら泣く泣く逃げて行きました。
金王丸は、「おい長田、お前をいま殺すのはもったいない。
頼朝様(今若)の前でなぶり殺しにしてやろう」と言い長田忠致の身体を縄でしっかりと締め上げました。
牛若は、金王丸の姿を見て、心強く思ったのでした。