『大職冠』第二・三段

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大職冠

 第二段

一行は、再び帆をあげ日本に向かい船をこぎ出しました。
讃岐の国、志度の浦に辿り着いた時
はるか彼方より、うつぼ舟が流れてきました。
人々が竿を手に持ち、舟を割ると中から、美しいお姫様が出てきました。
皆、大変驚きましたが「修羅王の仕業(しわざ)に違いない。美女に化けて仕返しに来たのだ。早く殺してしまえ。」と、
飛びかかろうとしたその時「私は、都であらぬ噂を立てられうつぼ舟で流されてしまったのです。どうか私を信じて下さい。」と女は嘆きました。
 万戸将軍は、その様子を見て、
「か弱い女性なのだから、助けてあげなさい」と、女を船に乗せました。
万戸将軍は、女に夢中になり、片時も離れず寄り添っていました。
しばらくして女は、「私のことを思って下さるのであれば、私の望みを叶えてください」と、しおらしく言いました。
将軍が、望みを尋ねると「この船に面向不背の玉があると聞いております。是非、一目拝ませてください」と、言います。
万戸将軍は、「船の中だから大丈夫だろう」と考え、玉を取り出して、女に渡しました。
女は、「ありがたい仏様でございます。皆様これにて失礼致します。」と、言うや否や三十メートルを超える大蛇となり、凄まじい勢いで海中へと姿を消してしまいました。
万戸将軍は、「だまされたか」と、悔しがりましたが、
「鎌足公に事情を説明した上で腹を切って死ぬしか無い」と、
無念に思いながらも、都へと急ぎました。
 

第三段

 さて、鎌足公のもとへ万戸将軍がやって来ました。
そして、正直に、鎌足公に話をして聞かせました。
「これで、役目は果たしました」と告げ、自害を図ろうとすると
鎌足公は「なんとも不覚なことでありましたなぁ。
あなたの面目もありましょう」と、万戸将軍を不憫に思い『三つの宝を受け取りました』と返礼状を書いて渡しました。
万戸将軍は「かたじけのうございます」と、挨拶をして中国に帰っていきました。

鎌足の子の淡海は、このことが、後世まで人々に言い伝えられるのを残念に思い夜中に一人で、春日大社に出向くと、
「なんとかお願いでございますから、奪われた玉を日本へ戻して下さい」と祈りました。
やがて風がそよそよと吹き、神様が白い鹿とともに現れ
「急いで、玉を取られた島に行きなさい。味方になるぞ」と告げると、瞬く間に雲の中に隠れてしまいました。
淡海は、たった一人で讃岐の国を目指しました。
港に着くと、老人が小舟をこぎ出すのを見つけ、舟に乗せてもらいました。
淡海は老人に、大蛇に玉を奪われた一件について知っているかを聞き、何とか、玉を取り返す方法がないものか訪ねました。
すると「浜で大法会を催し、竜や魚たちが海面に音楽を聞きに上がってくるすきに、
潜りの上手な海女なら、奪い返しにいくことができるかもしれません」と言うので、
そのような海女がどこにいるのか訪ねました。
老人は遠くを指差し「この先の天野の里に海女たちは住んでいます。しかし、失敗すれば龍の餌食になってしまいますそれでも情の深い海女と夫婦となり子を儲け、あなたの力添えでその子を出世させる約束をしたならば、引き受けましょうというかもしれませんな」と言いました。
老人は、舟を浜に着けると、たちまち仏の姿となり
「淡海、わたしは春日大明神であるぞ。この先もそなたを見守っておるからな」と、
吹いて来た風に乗り、姿を消してしまいました。
淡海は、深くお辞儀をすると、天野の里へやって来ました。
ひとりの若い海女が、浜で潮を汲んで、家へと帰っていくところでした。
淡海は声を掛け「私は、旅の者ですが、どうか、一晩こちらで泊めていただけませんか」と頼みました。
海女は戸惑いましたが「これ以上歩けそうにありません。どうか、今晩だけでよいので泊めてください」と言われ、可哀想に思い家の中へと案内しました。
これが縁で、ふたりは夫婦となりました。
 

 
 


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